|
大阪公立大学大学院 北村愛子さん
これまで本学の研究室では、大学院生の皆さんとともに、さまざまな看護研究に取り組んできました。研究テーマは一見すると多様ですが、振り返ってみると、そこには共通して流れている問いがありました。それが、「スピリチュアルペインに、看護はどのように向き合い、何ができるのか」という問いです。 無力感のある患者への看護実践、希望をもたらすケア、スピリチュアルケア、その人らしさを支える関わり。これらのテーマについて真剣に考え、悩み、言葉にしようとする大学院生の姿に刺激を受けながら、私自身もこの問いを今なお追究し続けています。 スピリチュアルペインとは、人生の意味や価値が揺らぐこと、存在そのものへの不安、死への恐れなどから生じる苦痛のことを指します。トータルペインを構成する重要な要素の一つですが、身体的な痛みのように数値で示したり、客観的に評価したりすることが難しい側面があります。この苦痛は、その人がどのような人生を歩み、何を大切にして生きてきたのかと深く結びついています。だからこそ、「その人らしさ」が強く影響するのが、スピリチュアルペインの特徴だと感じています。
近年の看護研究では、スピリチュアルペインを宗教的な問題に限定せず、その人の人生背景や人間関係、社会的な役割といった広い視点から捉えようとする動きが広がってきました。終末期患者を対象とした質的研究では、「自分らしさを失っていく感覚」や「役割や存在価値が失われていくこと」が、スピリチュアルな苦痛として体験されていることも明らかになっています。
こうした知見から見えてくるのは、スピリチュアルペインが決して個人の内面だけの問題ではなく、社会とのつながりの中で生じる苦痛であるということです。この視点は、クリティカルケア看護の現場において、特に重要だと考えています。
集中治療室では、生命の危機的状況にある患者さんが多く、人工呼吸器管理や鎮静、侵襲的な治療によって、自分の思いや意思を言葉で伝えることが難しくなる場面が少なくありません。その結果、患者さんの価値観やこれまでの生き方が見えにくくなり、「その人らしさ」を捉えることが難しくなることがあります。さらに、非日常的で閉鎖的な環境そのものが、時間や空間の感覚を奪い、不安や孤立感を強める要因にもなります。こうした環境的な要素も、スピリチュアルペインに少なからず影響していると感じます。
また、クリティカルケアにおけるスピリチュアルペインは、患者さん本人だけのものではありません。突然の発症や急変に直面したご家族は、不安や戸惑いの中で大きな決断を迫られ、これまで当たり前だった関係性や役割が変化していきます。その過程で生じる「意味づけの難しさ」や「無力感」も、家族にとってのスピリチュアルな苦痛といえるでしょう。
スピリチュアルペインへの看護介入の第一歩は、丁寧なアセスメントです。患者さんの言葉だけでなく、表情や沈黙に込められた思いに目を向け、その人の人生観や価値観、これまで大切にしてきた人間関係や役割を理解しようとする姿勢が求められます。意思表示が難しい場合には、ご家族から話を聞き、患者さんの生活史をたどることが大切な手がかりになります。 「これからだったのに……。あと少し、生きていてよ。」 受験を控えた息子さんを応援しながら、受験日を見守るように命をつなぐことを願う家族の言葉です。ほんの一言の中に、その方の人生を最後まで全うさせたいという切実な思いが込められています。その思いに気づき、受け止め、そばにいることで、「ここで話してもいい」という場が生まれ、家族は語り始めます。自分たちは今、何を目指しているのかを。
看護介入において大切にしたいのは、「何かをしてあげること」以上に、「その人の存在をそのまま受け止め、そばにいる」という姿勢です。患者さんの語りや沈黙を尊重し、その思いが大切にされていることを伝える関わりこそが、看護の力だと感じています。 スピリチュアルペインに関する看護研究と実践は、「その人らしさ」を基盤として、これからも広がっていく必要があります。クリティカルケアという厳しい状況の中においても、患者さんの尊厳と存在の意味を支える看護とは何か。その問いを、これからも研究と実践の両面から探究していきたいと思います。 クリティカルケアに関心を寄せてくださる方は、ぜひ第22回日本クリティカルケア看護学会にもお立ち寄りください。本稿を担当した北村が大会長を務めます。研究が実践を深め、実践が研究を広げる――そんな場になることを願っています。
|